無料のコード譜と有料の「楽譜」、違いは「効率」にあり!

歌詞の上にコードが載っている「コード譜」

前田も本番では大体これを使う。
紙1枚で済むので、本番に役に立つ。

これなら有料でも無料でもどちらでも構わない。

しかし、練習など準備段階なら、
せめてメロディののっている楽譜を使いたい。

最初は音符が読めなくても、コード譜や耳コピで十分楽しめる。

が、さらに上を目指すなら、歌の表現力やキレが違ってくるので、
ぜひとも楽譜を読めるようにしていきたい!

・・・マエダはまだまだだが(笑)

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弾き語り大




曲を100回聴く意味

ぬしこと前田は、大学時代に初めてバンドを組んだが、
その時先輩に言われたことがある。

「(コピーする曲を)百回聴けよ」

100回聴いてようやくその曲をわかってくる・理解できるというわけだ。

当時の前田は楽譜は読めなかったし、読む気もなかった。
学ぶのも面倒、「ロックはそんなもんじゃねえー」なんて思っていたし。

馬鹿ですねえ(笑)

で、中学の時友人からギターを教えてもらったように、
バンド仲間と練習を通して
「ここくってるから」 「裏でしょ」
「シンコペ」 「ここ16で」 「2拍3連だから」

なんて基本的なことを学んでいった。

前田はボーカル兼サイドギターだったので、
コードを覚える必要があった。

なので当然「耳コピ」である。

この耳コピで培ったコード進行のパターン、
これで前田もオリジナル曲を創って
大学卒業後もギター弾き語りライブ活動をしていた。

スタートラインに立つ時間差が激しい

そんな前田が自分の歌に限界を感じて、
声楽家であるK先生(メゾ・ソプラノ)に教えを乞うたのが、27,8才のころ。

この先生が10年後の前田の教室あんぷらぐどの創成期講師であるのだが、
これはまた別のお話で(笑)

習い始めのころ何かの流れで「曲100回」の話をしたら、
こともなげに「ああ、楽譜が読めないからですね~」といわれた。

今でもまだまだないが、当時はそれこそ音楽的素養や知識もなかった。
「楽譜」についてもそれほど重要視していなかったから、
この言葉には多少の反発もあった。

が、長いこと歌を通して譜面と向き合ってくると、
かなり認識も違ってくる。

おおざっぱに言うが、楽譜が読めれば、
100回聴かなくても1回「見れば」、その曲が分かるのだ。

あーだこーだ考えながら、迷いながら100回聴いて歌ってまた聴いて歌って、、、
その繰り返しでようやく、こう歌えばいいのか!という結論に達するのだが、

実はまだまだそこがスタートラインに立ったに過ぎない。

譜面が読めれば、そういう手間暇もなく、
自分なりの理解、解釈で初めから曲を表現していくことができる。

この差は大きい。

合わせ(練習)に対する意識の違い

2016年10月に池袋でライブをやったのはこのブログでも記事にしているが、
この時は、ボーカル兼バイオリンの高校時クラスメイトの女性と組んだ。

彼女はもうセミプロとして活躍、プロ・ミュージシャンとライブを行ったり、
バックコーラスとして参加、ゴスペルグループでソロをとるなど、実力はすごい。
そういう人と組むと、曲あわせ(練習)の段階から違う。

アマチュアは、あわせの時にそれこそ「最初」から、
あーだこーだ間違えたり忘れたりしながら楽しくやっていくのだが、
それがもうレベルが違う。

ある程度「出来上がった状態」で合わせに来るので、
こちらもそれなりの準備をしないと、全く練習にならない。

曲の構成、歌・ギター・バイオリンが「合う」のは当然、
その上でもっと細かいところの確認・合わせ方、表現の仕方―

曲の完成度をあげるために練習する・時間を使う、という感覚だ。

ここまでいくと、本当に時間がいくらあっても足りないくらいだ。

こういうときは「楽譜」である。
100回なんて聴いているひまはない。

忙しい中時間をとっての練習なので、
アマチュア並みの準備ではあきれ返って帰られてしまうだろう。

そして、2度と組んでもらえない。。。

まとめ

歌うたいなら、メロディが載っている譜面は必須である。
情報の宝庫であるのだから。

これは無料ではなかなかない。
著作権上か、無料の限界でもあろう。

もしライブなど人前で演奏するのなら、
市販の楽譜本を使おう。

前田もまだまだ譜読みの訓練中である。

初心者はともかく、上を目指すなら(必ずしもプロになるという意味ではない)、
譜読みは必須である。

すらすらでなくても、最初はちょっとしたところが分かればよい。

全ては譜面に載っている。
そこに自分なりの「解釈」「表現」を付けるのだ。

それが「コピー」ではなく「カバー」になる。

そして、そこに至る道のり、過程が

弾き語り守破離」であるのだ!!